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私が寂しかった思い、そんな思いを娘にはさせない。

私は、昔母に公園に連れて行ってもらった記憶がありません。

休みに大きな公園にイベントとしていくことはありましたが、日常生活ではありません。

小学生になったら記憶も定着していると思うのですが、母は働きに出ていたため、小学校から1人で遊びに出ていました。

1人で何でもできて賢いねといつも言われていました。

学童も最初は通ってましたが、自分に合わないと思うようになりいくのをやめて自ら鍵っ子になりました。

習い事も自分一人の力では行けず、母についてきてもらいたい。頑張っている姿を見ていてもらいたい。
発表会や特別な日だけでなく、小さいことを一緒に喜んでもらいたかった。

でも母にそんなこと言えませんでした。

看護師にないりたいと自分の夢をかなえたい母はそのころ、学校に通い、働き、夜勤もこなし、働くお母さんになっていたので。

さみしくて、病院に電話したこともありました。

でも叱られました。

さみしくても連絡をしてきてはいけないと。

鉄棒前回りも一人でできました。
自転車に乗ることも。

私は、働く母ではありませんが、パートタイムです。
会社にとってすごく必要な存在かと言われればそうではないんではないかと思います。

母は病院にとって必要な存在だったのでしょう。

必要とされてたから、仕事に夢中になったのでしょう。

そんな姿を見て、お母さんはすごいねと思いました。私のお母さんは看護師さん。
素敵なお仕事をしているの。

でもさみしかった。

「コドモ新聞読んでみる?」
「よんでみる!(お母さんも一緒に読んでくれるかもしれない)」

「コドモ新聞来たよ。どんな事書いてるのか読んでみて」

(一緒に読んでくれないんだ。

私はお姉ちゃんだから、一人でできるから。

お母さんはもう私にはお母さんは必要ないと思ってるんだ。)

それは行動でもあらわれました。
私が高校1年生のとき、母はその当時付き合っていた人と事業をすると、その人の家に入りびたりになり帰ってきませんでした。
私と妹が住んでいる家の家賃も支払われない時がありました。

この話になると長くなりますが、
私の育児の根本は母であって、いい所も悪いところも参考にしてます。

寂しいと感じたあの時の気持ちも、
今娘にそうさせたくないと思う感情も、母からもらったものです。

最近、やっぱり寂しかったわ。。。

とははに告げると、

ごめん。。。と一言言われました。

母は母なりに幼少期貧乏で自分がほしいものを買ってもらえなかったため、
資格を持ち、働いて金銭的な余裕を求めたといってました。

それもまた、母が祖母からもらったもの。

祖母は母に金銭的な余裕が与えられなくても、
別のことを考え、それを軸として母を育てていたのかもしれません。

祖母はもうなくなっているため、聞くことはできませんが、そう考えると、いろんな思いがつながっているんだなと。
それぞれが幼少期感じた思いを、自分の子供にはさせないよう一生懸命できることをしているんだなと。

自分の子供たちが幸せを感じれるように。。。

母が見落とした私の寂しいという思い。

私が娘にしてあげられること。。。

今私は娘にべったりです。

園終わりには公園へ、休日も公園へ、鉄棒前回りも、縄跳びも、自転車も全部一緒に喜びました。

これで大丈夫かと言われればわかりませんが、
娘が私を必要がなくなるまで、ゆっくり付き合おうと思います。

本当は私の中で私の人生大丈夫か???
と思い悩む日がありますが、今はとりあえず今は焦らず、娘の人生を第一に考えて子育てします。
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